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本当に自己満足でしかないカップリングで申し訳ございません><
それでもよろしければ続きからお読みください。
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馬岱が怪我をしたと聞いて、顔から血の気がさぁっと消えたのを覚えている。
目の前の敵陣を蹴散らして、わき目も振らずに趙雲は宿舎に戻った。
「無事でいてください、馬岱殿」
何度も心の中で祈る。
私の、思い人。
このまま思いを告げることなく目の前からいなくならないで。
「馬岱殿!」
「お静かに。今眠ったところです」
簡単な医務室に飛び込んだ趙雲を冷静な声で制したのは諸葛亮だった。
「出来る限りのことはしました。命に別状はありませんが、如何せんここでは薬品の類が足りません。長期的な治療はできません。早々に城に戻らなければなりませんね。趙雲殿、明日総攻撃をかけます。宜しいですね」
「承知いたしました」
命に別状はない、その言葉に趙雲は胸をなでおろした。
「久方ぶりの治療で疲れました。趙雲殿もお疲れかと思いますが、私の代わりに馬岱殿を少しの間看ていただいても?」
仮眠を取る時間もなかったのだろう。諸葛亮の両眼の下にはうっすらとくまが浮かんでいる。趙雲が頷くと、諸葛亮は仮眠室に向かっていった。
趙雲は馬岱が眠る寝台の側に置かれている椅子に腰を下ろした。
寝間着から見える幾重にも巻かれた包帯が痛々しい。
趙雲は手を伸ばし、癖のある髪を撫でる。彼の従兄弟の派手な金髪とは異なる、よくあるこげ茶色は趙雲の手に馴染む。
馬岱は馬超と共に行動することが多い。馬岱が性格的に不器用な馬超と兵士たちの間を橋渡しするためであり、猪突猛進型の馬超を止めるためでもある。馬岱の存在で、馬超の軍団は成り立っていると言っても過言ではない。
そして馬岱にはもう一つの役割がある。それは隠密行動が必要とされる作戦の、諸葛亮のための駒。人当たりもよく器用な馬岱以外に適任者はいないだろう。勿論、馬超の軍団が暫く都から動かないときに限るのだが。
今回は諜報によって内側から敵を崩すために馬岱は趙雲の軍団に組み込まれていた。敵国の兵士に身を隠し、十日程軍を離れていたのだ。馬岱の作戦遂行能力の高さはあの諸葛亮も認めている。その甲斐もあって、現在の戦況は蜀に有利なものになっている。
そこに油断があったのかどうかは分からない。相手が一枚上手だったのかもしれない。趙雲に細かいことは分からないが、ともかく馬岱は怪我をしたのだ。
趙雲の心中は穏やかではない。戦場での怪我は、命に関わる場合もあるからだ。
とにかく、目の前で眠る馬岱の姿を見て、命に関わるほどの怪我ではないことに趙雲はほっと胸をなでおろしたのだった。
「もう二度と会うことができなくなったら、私は・・・・・・」
馬一族が蜀に下ったとき、皆馬超の鬣と見紛うほどの金色の髪や一族の長としての貴公子然とした姿に目を奪われたものだ。趙雲もその一人である。
逆に、馬岱は堀の深い顔立ちをしているが、馬超と比べると地味である。出で立ちも装飾の少ない質素なものだった。馬岱は使用する武器が人とは異なっているので、それを持って戦場に立っていればすぐに気付くことができる。しかし、多くの武将や兵士が愛用する刀や槍を持っていたら、その姿をすぐに見つけることは難しいだろう。
あまり目立たない馬岱であったが、今の趙雲は戦場に限らず、どこにいても彼をすぐに見つけることができる。気が付けば目で追っているのだ。そうなるようになったのは、つい最近のことで、趙雲本人が驚いている。
趙雲が馬岱と初めて会話したのは、以前、今回と同じように諸葛亮が馬岱を馬超の軍団と離して趙雲の軍団に組み込んだ時だった。そこで彼と間近に接する機会を得たのだ。
初めまして、と趙雲の方から話しかけてみれば、馬岱は笑顔で応えてくれた。
馬岱は馬超とは異なり、誰とでも分け隔てなく接する。どこか近寄りがたい雰囲気の従兄弟とはえらく違うものだと趙雲は思った。
「有名な趙将軍と一緒に行動できるなんて光栄です。趙将軍の武勇は若からよく聞いております」
馬岱の言う『若』というのは、馬超のことだ。この従兄弟は普段どのような話をしているのか趙雲は興味を持ち、これをきっかけに話をするようになった。今では戦場以外でもお互いの時間が許せば共に過ごすことも増えている。その際、馬超の視線が少々刺々しいのだが。
「俺の大事な従兄弟だ。何かあったら承知しない」
あまりにも趙雲と馬岱が一緒にいることが多くなってきたので、馬超からそう釘を刺されたこともある。
「承知しております。私が馬岱殿を守ります」
故郷を失った馬超が失いたくないと唯一執着しているのが、馬岱で。
「絶対だな」
あの時の馬超の形相には、さすがの趙雲でも恐怖を感じた。
馬超に自分が馬岱の近くにいることを許してもらったかどうかは趙雲には分からない。だが、馬超が趙雲に対してあからさまな邪魔をすることがなくなったのは事実だ。
「・・・・・・趙雲殿?」
馬岱の両目がうっすらと開く。
「あー、へまやっちゃったねぇ」
馬岱がえへへ、と笑う。
「何で、そんなふうに笑えるのですか。私は、馬岱殿が怪我をしたと聞いて、いてもたってもいられなかったんですよ」
「あはは、心配かけてごめんね。だけど、俺は死なない。若を残して先に死ぬことは絶対にしない」
若が悲しむから、そう続ける馬岱の手を趙雲は唐突に握った。
「貴方ががたいなくなって悲しむのは、馬超殿だけではありません。劉備殿も、諸葛亮殿、貴方を慕ってくれている方々、みんなが悲しみます」
趙雲の言葉に馬岱は目を見開く。
「趙雲殿、ありがとう。だけど趙雲殿、それはみんな、若が悲しむからでしょ?」
馬岱がいなくなれば、馬超の精神状態が不安定になる。そんなことは分かりきっている。
自分に向けられる全ての好意や信頼は全て馬超のため。生きるという根本的なところも馬超のため。お互いに依存し過ぎている。全てを馬超に捧ぐ馬岱に趙雲は悲しくなる。
だから、趙雲は首を振って馬岱の言葉を否定する。
「違います。皆、貴方のことが大切なのです。馬超殿の従兄弟だからではなく、馬岱殿が大切なのですよ。だから、もっとご自身を大切にしてください」
強い口調の趙雲に馬岱が困ったように笑う。
誰にでもする笑顔ではなく、趙雲にしか見せない表情。それだけでも以前と比べたら親密度は上がったと思う。
だけど、それだけではもう足りない。
「貴方がいなくなってしまったら私は・・・・・・」
「・・・・・・趙雲殿、それってもしかして俺のことが好きってこと?」
「え、あ、その・・・・・・!」
趙雲の顔が真っ赤になる。
それを見た馬岱はくすくすと笑う。
そうか、私は馬岱殿のことが好きなのだ。戦場でその姿を探してしまうのは、共に過ごしたいと思うのは、いつでも馬岱殿の無事を祈るのは、彼のことが好きだからなのか。
「はい。私は貴方のことが好きです」
握ったままの馬岱の手を、壊れ物を扱うように両手で包み込む。
「そっか」
「はい」
「うん、そっかぁ」
それきり馬岱は黙ってしまう。視線は趙雲の両手に注がれている。
この手を趙雲は離すことができない。もし離してしまったら、再びこの手をつかめるのにどれくらいの時間が必要だろうか。
静寂が流れて、何かを言わなければと趙雲が口を開こうとすると、馬岱が趙雲の名前を口にした。そして、静かに語り始めた。
「あのね、趙雲殿。俺はずっと若のために生きると育てられてきたのね。それこそ生まれた瞬間からそう義務付けられてきたのね。だから、若以外のことを考えたことってないんだよね」
趙雲は頷く。
「若と俺だけになったあの時の若は本当に見ていられなかった。だから俺は益々若のために生きる、若を一人にしないって決めたんだよ」
蜀に下ってすぐの頃の馬超を趙雲は思い出す。馬岱以外の他人を全て拒否していた。今でこそ普通に会話をすることができるようになったが、これは馬岱の尽力によるものだ。
馬岱が蜀の中でその存在を疎まれないように、持っている力を出せるように、馬岱は馬超の影であり続けた。それは、本当にさりげないことで、気が付いている者は蜀の中で何人いるだろう。
「若のために、何でもする。それこそ若には言えないような汚いことだってしてるんだよ」
趙雲の手から馬岱の手がゆっくりと離れていく。
この手は馬超のために血に塗れている。
「蜀の人たちはみんないい人たちだよ。ここにいれてよかったと思っている。趙雲殿の気持ちは嬉しいよ、これは本当。だけどね、まだ若以外のことを考える余裕が俺にはないんだ」
「はい」
「だから、少し時間をもらってもいいかな」
最初から返事をもらおうとは思っていない。
「はい。ですが、馬岱殿。忘れないでいてくださいね。貴方はご自分で思っている以上に、貴方が必要とされていることを。それに、私は貴方が汚れているなんて思いません。私とて劉備殿のために同じようなことをしてきているのですよ。だから思い詰めないでください。どうしても耐えられなくなったら、私を呼んでください。こうしてお話を聞くことはできますから」
馬岱のまぶたの動く回数が増えてきた。再び睡魔が訪れてきたのだろう。
「今日はゆっくりお休みください。馬岱殿が眠るまで、お側におります」
「うん、ありがとう趙雲殿」
趙雲が再び馬岱の髪を撫でると、気持ちよさそうに両目を閉じる馬岱。その表情を見るだけで趙雲は幸せな気分になるのだった。
馬岱が完全に眠りに就いてから暫く経った後、諸葛亮が戻ってきた。
「おやおや、これは」
諸葛亮が目にしたのは、手をつないで眠る趙雲と馬岱だった。
趙雲は椅子に座ったままで船を漕いでいたが、とても幸せそうな表情をしていた。馬岱の表情も安堵感に包まれている。
「起こすのは、野暮というものですね」
諸葛亮は静かに部屋を出ていく。
本当は気が付いていたのだ、誰よりも人の心が必要なのが馬岱なのだと。それでも過酷な仕事を頼んでしまうことに罪悪感があった。
趙雲が馬岱を支えてくれるのなら。
「馬将軍には腹立たしいことかもしれませんけど、いつまでも彼をがんじがらめにしていては、彼の未来を潰すことになりますからね」
西涼の錦と呼ばれた馬岱の従兄弟を思い浮かべ、諸葛亮は苦笑いをする。
「それとは別に、これからの三人が見ものですね」
苦笑いの次に、意味深な笑みを浮かべ、諸葛亮は再び仮眠室に向かっていった。
趙雲が馬岱を姫抱きして戦地より帰還し、馬超が烈火のごとく怒り、劉備が間を取りなすという事件が起こるのは約ひと月後のお話。
2011/06/22
2011/07/31加筆修正